3歳の頃より音楽教室に通い始めたのが音楽との出会いでした。
私が”生の音”に拘る理由は、幼少の頃から聴き馴れた生音や、更に現在に至るまでの‘‘音楽に溢れた人生’’の中にあると言えます。
音大時代、またそこに至るまで、コンクールやオーディションに向けて可能な限りの時間を練習に費やす日々でした。
また、新譜を入手した時の楽器に向かうまでの何とも言えない高揚感。
自宅まで辿り着くのももどかしく、友人の下宿先に途中下車し楽器を借り新譜を一通りさらい、仕上がりをイメージしながら家路に着き又楽器に向かう・・なんて事も珍しいことではありませんでした。
これほど夢中になれる事に出会えたこと、時を経た今も尚変わらぬ気持ちで音楽を続けられていることが、どれほど幸せなことか今更ながら身に染みて感じています。
また月日は経っても、世代を問わぬ仲間たちとの尽きない音楽談義、過分で貴重な現場での数々の演奏経験が無ければ今日の活動や思考には至らなかったと思います。
仕事としては勿論のこと、生活の全てが音でスタートし音で眠りにつくという音楽漬けの日々。
音楽家の中には生活は無音を好まれる方もいますが、私の場合はむしろ音が精神安定に繋がる無類の「音楽オタク」なのです。
しかしこの生活の中の殆どはデジタル化されたものであり、現代においては技術の進歩によるデジタル音を否定するのはナンセンスです。
スイッチを押せば期待通りの音楽が流れ、音量も自由自在。
一方その安定感と信頼感に比べ、生演奏は一度たりとも同じ演奏を再現する事は出来ません。
表現を変えると”たった一度しか聴く事の出来ない演奏(瞬間)”でもあるのです。
そして生演奏の最大の魅力は、演奏者とゲストが同じ音と空間を共有しその臨場感にあると思います。
歌詞を持たない旋律でも、感情を持っています。更にそこで演奏者の想いも加わり、感動の連鎖が生れるのだと確信しています。
一音一音に心を込め、生み出された音には豊かさが生れます。
全ての音楽を愛おしく思いながら、やはり生演奏に拘る理由はここにあります。
ふと過去を振り返った時、大好きだったアーティストがフルバンドの前で緊張に震える声で、或いは涙しながら歌っていた姿を思い出しました。
生歌・フルバンド、なんて豊かな時代だったんだろう。
その懐かしい映像を目にした瞬間当時にタイムスリップし、あの頃の風の匂いや空気感まで蘇り、今でも胸が熱くなります。
五感が刺激され感情を揺さぶられ、そして心を癒され・・負の感情があったならばそれら全てが払拭され、そして背中を押す力まで与えてくれる。
“音楽の力って凄い!”と改めて思うのでした。
恐らく誰もが『思い出』『感動』『初恋』で自分検索したら、そこには必ず外せない自分だけの‘‘マイソング”があるはず。
一度たりとも同じ演奏を再現できない“あなただけのオリジナル”は、きっと数十年先に当時の幸福感や思い出として、一生心に刻まれる事と思います。
多くの方の大切なシーンに関わらせて頂き『生演奏にして良かった』と思って頂ける様、一生の感動となるお手伝いが出来ましたら幸いです。
